otaku8’s diary

映画のこととか

2022年10月に観た新作映画

 映画祭の月

 

第35回TIFF『ヌズーフ/魂、水、人々の移動』壁の穴から見出す希望(ネタバレなし)


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 東京国際映画祭で『ヌズーフ/魂、水、人々の移動』を観た。このサムネとタイトルが印象的で、とても観たかった作品。これは結構良かった。ユース部門に相応しい映画。

 空爆により主人公一家の壁に大きな穴が開く。面白いのは、空爆自体は悲劇であり作中でもそう描かれているが、一方で長引く戦争や家父長制などによってそもそも家の内側には閉塞感が存在しており、それが壁の穴によって打破されるところだ。穴を通じて外の世界と繋がることで希望が見出されていくのだ。タイトルに「魂、水、人々の移動」とあるが、文字通り穴を通じた移動が映像として描かれており、その見せ方が良かった。

 劇中でも言及されるのだが、現実世界はより厳しく本作はそのリアルを伝える映画ではない。全体的に前向きな作りであり、所々にポップな要素もある。それでも、映画なのだから「希望は良いものだ」(『ショーシャンクの空』)と示す本作のような作品もありだと思う。

第35回TIFF『セルヴィアム ―私は仕える―』自分で考えないの?(ネタバレなし)


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  東京国際映画祭で『セルヴィアム ―私は仕える―』を観た。ルース・メイダー監督作品は『モニタリング』を鑑賞済み。

 結論から言えば、悪い意味で期待を超えてこなかった。本作のテーマはキリスト教それ自体というよりは、何かを盲目的に信じ(→キリスト教への過度な信仰)、自分で考えて行動しないことの危うさというところにあると思う。本作で不気味な存在感を放っているマリア・ドラグシ演じるシスターは、そのような「信者」として登場する。

 本作には前作『モニタリング』と重なる部分があり、ここにルース・メイダーの作家性、描きたいテーマがあると読めるが、残念ながら設定を活かしきれておらず中途半端になっているところも前作と同じだ。前述のテーマを描くには冗長な部分が多いために尺が足りなくなっているし、ポーカーフェイスなシスターが感情を露わにするとある場面では、彼女のドラマが垣間見えるが、それも中途半端に終わっている。ホラー的な演出も多いが、それは表面上の演出だけであって、本質的に恐怖を描こうとしていないのでホラーにはなっていない。それこそホラー調の劇伴が煽り立てるOPクレジットや不気味なシスターの存在感に期待値が上がったが、それも含めて思わせぶりな映画に終わっており、勿体無いなという印象だ。

第35回TIFF『カイマック』人生の上澄みを集めてみた(ネタバレなし)


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 東京国際映画祭でミルチョ・マンチェフスキー『カイマック』を観た。マンチェフスキー監督の作品は『ビフォア・ザ・レイン』『ダスト』を鑑賞済み。本作の参考になりそうな『柳』は残念ながら未鑑賞。

 これは傑作だった。鑑賞済みのマンチェフスキー作品はどちらも主にマケドニアを舞台にしていて、一筋縄ではない凝った作りの映画になっていた。特に両作とも「循環」のイメージがある。『ビフォア・ザ・レイン』は三部構成の最初と最後が輪のように繋がることで、マケドニアの終わりの見えない民族紛争の不毛さを表現していた。『ダスト』では現代ニューヨークと一世紀前のマケドニア双方の物語が互いに相互作用することで、「物語を紡ぐこと」を表現していた。現代マケドニアの住宅地を舞台にした『カイマック』にも同じく「循環」のイメージが感じられた。本作では貧富の対比を上下層で表している。空間的に断絶された二層があるアイテムによって繋がるとき、「循環」が起こる。

 貧富の対比を上下層で表したような映画は近年でも何作かあるが、今回はそこに一筋縄ではない「ラブストーリー」が置かれる。それぞれの層にいるカップルたちの人間模様が、笑いと風刺を交えて描かれた悲喜劇だった。様々な要素が絡む映画だが、そこは流石ミルチョ・マンチェフスキー、ロジカルな脚本と演出で魅せる。考えさせられる部分がありつつ、ちゃんとエンタメ性も担保された作品になっている。

 タイトルはマケドニア等で親しまれるお菓子だが、これは牛乳の上澄みを集めて作られるらしい。つまり、この映画は人生の最高の瞬間を得ようとする人間たちの群像劇になっていて、この「カイマックを集めること」の意味を考えながら観るとより面白い。

第35回TIFF『ライフ』三時間の地獄めぐり(ネタバレなし)


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 東京国際映画祭でエミール・バイガジン『ライフ』を観た。過去作の『ザ・リバー』は鑑賞済み。本当はその前の『ハーモニー・レッスン』を観たいのだが、なかなか観ることが出来ない。『ライフ』はIMDbでのスコアが4点台だったりと、事前に評価が低いことは知っていたので、期待値は下げて臨んだ。

 観てみると、低評価の理由は頷けた。主人公がある失敗(誰にでも起こりうるから怖い)をきっかけに、ひたすら堕ちる様子を三時間みっちり描く。しかもメリハリもあまりないので三時間観続けるのが辛く感じる人も多いだろう。また、作中での女性の扱いは、真意としてそれが肯定的か否定的に描かれているかに依らず、表面上は前時代的なので拒否反応を示す人も多そうだ。

 『ザ・リバー』ではカッチリ構図をキメてくる作品だったが、今回ではもう少し「揺らぎ」が入っており、それが人は言葉では繕っても、内面は倫理的に完善ではないという本作の要素と被る。『ザ・リバー』では、川を横切るように泳ぐ人間が水流の方向へ流されていく場面が印象的だったが、思えば今回の『ライフ』も、ある目標を目指しながらも人生の流れの中で側方へ流されていく男の話であった。
 主人公を演じたイェルケブラン・タシノフが非常に良い。知的な感じがありつつ、周りに流されていく受身な雰囲気。それが逆に、彼の細身な身体を使った「ダンス」による自己表現を際立たせていた。
 『ザ・リバー』は文明(テクノロジー)から隔絶したコミュニティに突如「文明の権化」が現れる話だった。今回も同様に、テクノロジーの存在が強調されていたが、バイガジンのなかのテーマなのか。