otaku8’s diary

映画のこととか

コ―マック・マッカーシー映画を紹介してみる

 こんにちは.今回はコーマック・マッカーシー映画をネタバレなしで軽く紹介してみます.

コ―マック・マッカーシーとは

 コ―マック・マッカーシーはアメリカ文学を代表する,今ノーベル文学賞に最も近いと言われる作家の一人です.マッカーシーの小説では暴力や人間の暗部が描かれ,またその文体は読点をあまり使わなかったり,会話を「」で括らないのが特徴です.

 

 

『すべての美しい馬』

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あらすじ

生まれ育った牧場を失ったカウボーイ、ジョン(マット・デイモン)は親友のレイシー(ヘンリー・トーマス)とともにメキシコに向かう。大牧場で働きはじめた2人だったが、牧場主の娘とジョンが恋に落ち……

すべての美しい馬 (2000):あらすじ・キャストなど作品情報|シネマトゥデイより

紹介

 原作は同名のベストセラー小説『すべての美しい馬』で,『国境三部作』の第一作目です.監督は俳優のビリー・ボブ・ソーントン.メキシコへ向かう青年たちを描いた西部劇であり,ロード・ムービーであり,淡い恋愛映画でもあります.小説と比べるとライトな印象ですが,原作の魅力である鮮やかな情景描写はきっちりと美しい映像で表現されています.マット・デイモン演じる主人公の親友役に『E.T.』のヘンリー・トーマス,二人が旅の途中で出会う少年役で『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』のルーカス・ブラックが出演しているところもポイントです.

 

 

 

『ノーカントリー』

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あらすじ

狩りをしていたルウェリン(ジョシュ・ブローリン)は、死体の山に囲まれた大量のヘロインと200万ドルの大金を発見する。危険なにおいを感じ取りながらも金を持ち去った彼は、謎の殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)に追われることになる。事態を察知した保安官ベル(トミー・リー・ジョーンズ)は、2人の行方を追い始めるが……。

紹介

 原作は『血と暴力の国』.監督は『ファーゴ』のコーエン兄弟で,アカデミー賞でも監督賞などを受賞した傑作です.後に紹介する『悪の法則』は本作との共通点が多い作品ですが,あちらが「動」の映画だとしたら,今作は「静」の映画といえます.基本的にBGMや台詞は抑えめで,映像的な語り口が素晴らしい作品です.静的ですが,その中に突発的な暴力が描かれます.その暴力の主体となるのが殺人者アントン・シガー.演じるハビエル・バルデムの演技は凄まじく,アカデミー賞助演男優賞受賞も納得です.シガーは人間離れしており,一種の災害的存在として描かれ,彼が主人公を執拗に追いかける姿は『ターミネーター』のようでもあります(「追う追われる」の関係性は本作のポイントの一つ).

 

 

 

『ザ・ロード』

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あらすじ

謎の天変地異がアメリカを襲い、ほとんどすべての動植物が死に絶え、文明も消滅。そんな世界に残された父(ヴィゴ・モーテンセン)と息子(コディ・スミット=マクフィー)は、ひたすら南を目指して歩き始める。生き残ったわずかな人々が互いを食らうという狂気の中でも父は決して正気を失わず、息子に人としてのモラルを語り続ける。 

紹介

 原作は同名の『ザ・ロード』でピューリツァー賞を受賞しています.ある日,幼い息子と一緒に泊まったホテルの窓から外を眺めていたマッカーシーは,この先未来はどうなっているのだろうと考えていました.すると山火事のイメージが突如脳裏に浮かんだそうです.この小説はその体験が本書の基になっており,彼の息子へ捧げられたパーソナルな物語でもあります.監督は『欲望のバージニア』などのジョン・ヒルコート.勝手な印象ですが,この監督はとても堅実な作品作りをする人だと感じます.今作でも原作で描かれる荒廃した近未来の雰囲気を良く再現しています.『子連れ狼』も彷彿とさせる,世紀末を舞台にしたロード・ムービーで,公開時期もビジュアルも近いデンゼル・ワシントン主演の『ザ・ウォーカー』と混同されがちですが,『ザ・ウォーカー』がアクション満載であったのに対して『ザ・ロード』には派手なアクションは微塵も無く,ひたすら父子が絶望の世界を歩いていく話です.その終末世界の中で人間としての倫理が問われていきます.父を演じるヴィゴ・モーテンセンは肋骨が浮き出る痩せっぷりで流石の役作り.とても『ロード・オブ・ザ・リング』や『イースタン・プロミス』,『グリーン・ブック』の彼とは思えません.息子を演じるコディ・スミット=マクフィー(『モールス』)も不条理な世界で唯一の無垢な存在といった役柄を好演しています.ちょうど,『ノーカントリー』における「悪魔」であるシガーに対する,「天使」のような存在です.ヒルコート監督と度々タッグを組んでいるシンガーソングライターのニック・ケイヴが音楽を担当しているのですが,彼の劇伴もとても良いです.

 

 

 

The Sunset Limited

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 本作は日本では流通しておらず(HBOでやっているらしい),自分も未鑑賞なので軽い紹介だけ.マッカーシーの戯曲『特急日没号』をトミー・リー・ジョーンズがテレビ映画化.ジョーンズといえば俳優としてのイメージが強いですが,『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』や『ミッション・ワイルド』で監督業もこなしています.出演はジョーンズとサミュエル・L・ジャクソンで,彼らがそれぞれ「ホワイト」と「ブラック」という記号的な人物を演じ,その二人の対話が描かれます.

 

 

『チャイルド・オブ・ゴッド』

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あらすじ

家族と住む場所を失った天涯孤独のレスター・バラード(スコット・ヘイズ)は、森にある廃小屋で暮らし始め、他人との交流を拒んできた。やがて狂気に蝕まれていき、暴力的な性格とゆがんだ欲求をさらに激化させた彼は、肌身離さず持ち歩いているライフルを使った凶行を企てる。 

紹介

 原作は同名の『チャイルド・オブ・ゴッド』.マッカーシーの初期の作品で,実際のいくつかの猟奇殺人事件を基にした問題作です.過激な内容で,ある学校の教師が本書を課題図書に選んだことが問題となり,その教師が告訴されるという事件が起こったほど.主人公レスター・バラードは貧乏な白人男性で,社会から孤立していくにつれ,次第に殺人や屍姦に手を染めていきます.原作の訳者である黒原敏行氏はあとがきにて本書を以下のように表しています.

一人の人間が社会からどんどん離れていき、絶対的な孤独のうちに世界のなかを彷徨うとき、世界はどのような姿で立ち現れ、人間はどのような本性をあらわにするのかを、哲学的に、詩的に、神話的に、表現していく

映画では,まるで野生動物の生態を観察するかのようにレスター・バラードの行動が描かれます.一般受けはしませんし,原作の映画化に苦労した感じはありますが,とりあえずバラードを演じるスコット・ヘイズの熱演には一見の価値ありです.

 

 

 

『悪の法則』

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あらすじ

 メキシコ国境付近の町で弁護士をしている通称カウンセラー(マイケル・ファスベンダー)は、恋人ローラ(ペネロペ・クルス)との結婚も決まり人生の絶頂期にあった。彼は実業家のライナー(ハビエル・バルデム)と手を組み、裏社会のブローカー、ウェストリー(ブラッド・ピット)も交えて新ビジネスに着手する。その仕事は巨額の利益を生むはずが……。

悪の法則 (2013):あらすじ・キャスト・動画など作品情報|シネマトゥデイより

紹介

 本作はマッカーシーの小説や戯曲を原作としたものではなく,マッカーシー自身が直接脚本を手がけた(自ら売り込んだ)映画です.彼の脚本を基に『エイリアン』などのリドリー・スコットが監督しました.本作はあらすじを見ても分かるように,キャストがかなり豪華です.この俳優陣に惹かれて,王道サスペンスを期待して観るとガッカリするかもしれません.本作はかなり賛否両論で,IMDbではユーザーレビューが5.3/10,メタスコアが48,RottenTomatoesでもTOMATOMETER,AUDIENCE SCOREともに20〜30%台と中々厳しい評価となっています.しかし,個人的にはリドリー・スコットとコーマック・マッカーシーの作家性が見事にマッチした傑作だと思っています.本作は『ノーカントリー』と同じく,うっかり裏社会に手を出してしまったために事件に巻き込まれていく人間が描かれており,実際に両作品は似ています.『ノーカントリー』がシガーという災害的,超人的な「悪」を設定していたのに対し,本作ではその「悪」とは社会全体のシステムになっています.黒原氏は『血と暴力の国』のあとがきにて,マッカーシー作品における人間について「人は生まれたときから一本の線を描いて生きている」と述べています.『悪の法則』では登場人物それぞれが描く線が知らず知らずのうちに「システム」を築き上げ,その中に取り込まれていく不条理を描いています.本作には『ノーカントリー』のシガーのようなアイコン的存在がいないため,責任の所在が不透明,故に話がわかりづらいと感じる人がいるのは当然で,むしろ敢えてそのような掴みどころのない話にしてあると考えられます.その方が実際の社会に近いですから.一方のリドリー・スコット監督も例えば『プロメテウス』などで「初めから詰んでいる話」(知らず知らずのうちにシステムに取り込まれている,運命論的な)を描いており,彼の作家性ともいえます.本作は似たようなテーマを描いてきた二人が豪華キャストを贅沢に使った極上の不条理劇です.