otaku8’s diary

映画のこととか

『マッドゴッド』感想 地獄巡回ぶらり旅(ネタバレあり)

ネタバレあり 

 

 

 

 

 

 

 フィル・ティペットの『マッドゴッド』を観た.ティペットといえば,『ジュラシック・パーク』製作での神の一人だと前に書いたが,実際のところ『スターウォーズ』『スターシップ・トゥルーパーズ』なども彼がいなければ実現しておらず,やはり彼は今の私を創ったという意味で神である(?).

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 だいぶ前から日本公開されるか不安だったが,無事公開されただけでなく宣伝にも力が入っていて盛り上がっているように感じる.

 結論から言えば大傑作であった.似たようなストップ・モーション映画といえば『JUNK HEAD』があったが,個人的には断然こちらの方が好み.『JUNK HEAD』は世界観こそ独特だが,ストーリー自体は明快だった.なので一般受けが良いのは『JUNK HEAD』だと思うが,話が明快なぶん,展開についての不満もあった(主人公の主体性が弱いなど).一方で『マッドゴッド』はそういう明快な起承転結があるわけでもなく,ティペットの脳内イメージともいえる悪夢的世界をただただ巡るだけなのだ.

 まず良かったのは本作が「フィル・ティペットの作品」になっていたことだ.つまり、観客にエンタメを提供しようとするタイプの作品ではなく,この映画が作家ティペットの自己表現になっていたことである.この映画の製作中,また,例えば『ジュラシックパーク』などの製作中に彼が背負ってきたストップモーション作家としての苦難や執念を作品として一挙に体現してみせたかのような凄みが本作にはある.

 OPタイトルから満点だ.荘厳な音楽(「レクイエム」)と共に崩壊していくバベルの塔→"MAD GOD“の画面いっぱいのデカデカタイトルの流れでもう好きになる(デカデカタイトルがある映画は良い映画).

 アサシンという主人公らしき人物が降り立ったのは,強制的に搾り取った糞尿から大量生産された労働者シットマンたちが働く世界.このビジュアルイメージだけとっても最高だった.シットマンには命の価値というものが微塵も考慮されていなくて,死んでは生まれてを繰り返しながらただただエネルギー生産(?)のための労働力として消費されていく.

 『マッドゴッド』には明快なストーリーがないと書いたが,テーマ性を見出すことはできる.本作にはシットマンの場面のように,破壊と創造の繰り返すことで,人間にとっての「価値」(シットマンの場面ではエネルギー)を生み出していくというイメージが付き纏う.例えば,アルケミストというペストマスクを付けた者(このデザインが可愛くて良い)が,アサシンの体内から取り出した謎の赤ん坊を潰し,そこから錬金術で金(?)を生み出す.ここでも破壊と創造をもって「価値」を生み出している.ちなみに化学史では,錬金術自体は「科学的」ではなかったが,その過程では後の科学の礎となる「価値」が多く生まれている.科学は創造の源でありながら破壊(戦争など)を生み出してきたので,このアルケミストはとても象徴的なキャラクターだといえる.

 アルケミストが金(?)を放ると,宇宙創世から人間社会の発達までが一気に促進されるが,相変わらず人間世界では戦争が勃発し,あっという間に文明が崩壊する.その後,時限爆弾が爆発するかと思えば,時計からカッコウが出てくるだけだったという拍子抜け感は,文明という価値を創造しても結局は愚かな人間により無に帰すという運命論的で空虚な世界を皮肉るブラックジョークのようで,この終盤にはキューブリックの『2001年宇宙旅』『博士の以上な愛情~』的なものを感じた.特にストップ・モーションでこれを表現していることによって,お遊戯のような風刺劇になっている.ラストでいうと,本作では目玉がたくさん登場するが,最後に映される目玉は俯瞰視点(メタ的な)に感じられて特に印象的.

 ティペットはインタビューで「あとから映画について思い出した時に観客の中にイメージが想起されることで映画が完成する.映画はキッカケであって,完成させるのは観客だ.」という趣旨のことを言っていた.明快な起承転結がないぶん余計な考えなしでこの悪夢世界に身を委ねることができる(強烈なイメージの連鎖をただ眺めるしかできない)が,最後の目のカットで意識が悪夢世界から呼び戻される.そこから今まで目撃したイメージの数々を思い返していったので,そこが映画体験が受け身なものからアクティブなものに切り替わる瞬間のように感じられた.

 エンドロールで流れる曲は『トゥルー・ロマンス』でオマージュされた“Gassenhauer“だと思うが,選曲が良すぎる(かわいい).