『プロジェクト・ヘイル・メアリ―』を観た。ちなみに、映画を観てから原作に手を出した人間である。映画全体としては色々あるが、本記事では、私が気になった一点に絞って所感を書いていく。劇中、グレースはロッキーから8個の数珠玉が付いた、連結した二つの輪っかを受け取る。それは酸素分子を意味する模型であり、グレースにヘルメットを脱いでも良いという合図だったわけだ。このように、共通言語としての科学への信頼が描かれるところが魅力である。
上記の場面において、ロッキーからの贈り物が酸素分子を意味するとグレースが気が付いたのは、当然ながら酸素原子が8つの陽子を持つ原子番号8の原子だと彼が知っていたからである。ちなみに、私がタイトルに「酸素の形とは?」と書いたのは、この場面を誤解していたことが発端である。ロッキーが与えた酸素モデルの数珠玉が陽子ではなく電子だと勘違いしていたのだ(原作では明確に陽子だと書かれている)。通常、陽子数=電子数であるとはいえ、勘違いも甚だしいのだが、もしロッキーが電子としてあの「数珠玉」を付けていたなら(ごめんなさいだけど、そういう体で強引に進めさせてもらう)、彼が(多くの人間と同じように)原子をあのようなモデルとして認識していた点が面白い。
そもそも「原子」をどうやって捉えるかという議論は、古代ギリシアまで遡ることができ、様々なモデルが提唱されてきた。酸素原子が2つ結合した酸素分子について、高校化学で習うような、(太陽のまわりを地球が回るように)原子核のまわりを電子が回っている図(左図(価電子のみ記載))は馴染みがあるものの、本当の原子の姿ではない。一方、大学の教科書では、電子がどこにどのように分布しているか、その確率の広がりを視覚化した図が載っている。ローブ状の図は、その分布を示したものである(右図、Orbital Overlap - Chemical bondingから引用)。


電子の分布や結合の成り立ちを説明するために、「軌道」やその重なりとして酸素分子が描かれる。軌道とは、電子の存在確率の広がりのことである。この表現は量子力学に基づくモデルであり、原子や分子の結合のあり方を、古典的な図式より適切に記述できる。例えば、左のモデルでは単に2つの酸素原子が電子を”共有”していることしか表せない。一方、右の図では、酸素原子たちは電子を共有(赤いローブ)しながら、もう一つの結合を形成していることを示している(緑のローブ)。このモデルによって、高校化学でも習う「二重結合」を表現できるというわけである。
ただし、ここで重要なのは、その量子力学的な図ですら自然そのものではない、ということだ。たとえば化学で使われる「軌道」といった概念は、自然界のどこかにそのまま転がっている「実物」ではない。人間が目に見えない現象を理解し、記述し、他者と共有するためにつくり上げてきたモデルである。モデルは、現実をそのまま写し取る鏡ではない。現実を扱いやすくするための、強力な道具である。
そう考えると、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のあの場面がより印象的に見えてくる。地球人と異星人が共有していたのは、酸素という分子そのものだけではない。目に見えないものを、理解可能な形にするという営みそのものを、彼らは共有していたのである。
分子モデルは便宜的な表現にすぎないが、だからこそ尊い。自然現象だけでなく、それをどう考え、どう記述し、どう伝えるかという知の姿勢が刻まれているからだ。故郷の滅亡を防ぐため、宇宙の果てで出会ったグレースとロッキーは、孤独のなかで、世界を理解しようとしてきた互いの営みを共鳴させたのである。