『プラダを着た悪魔2』を観た。前作はアン・ハサウェイ演じるアンディがメリル・ストリープ演じるミランダの下で右往左往する話だった。ファッションには元々興味がない彼女が、業界で揉まれ、最終的にはミランダと決別する。
本作では、出版社でのリストラを受けたアンディが再びファッション業界に飛び込む。今回、アンディは主人公ではあるが、かつてランウェイを去った者として残された者達の変化を照らす存在だと言っても良いだろう。彼女は様々なキャラクターに働きかけるが、自身には大きな変化は訪れない。本作のドラマはミランダやエミリー、ナイジェル達において展開される。つまり、アンディとは違って、20年前のランウェイ的価値観が染み込んでいる者達のドラマである。20年という歳月を経て、世の中は大きく変わった。デジタル化が進むにつれ、彼らが生み出す価値は"雑に"消費されていく。また、かつてのようなパワハラは許されない(以前はパワハラOKだったわけではない)。
「ミランダが悪魔でなくなった」という批判もあるが、本作はそこが肝なのではと思う。彼女は自分でコートを掛けるようになったし、不適切な発言は都度指摘される。また、以前に比べて自ら動くことが多くなったように思う。
本作を象徴するものが「食」だと思う。まず、職場のカフェテリア。前作ではアンディとナイジェルが昼食を取ろうとしたところ、急遽ミランダに呼び出され、お盆に載せられた食べ物達は手付かずのまま捨てられた。一方、再会した2人はちゃんとカフェテリアで食事を済ませることができた。ナイジェルはアンディに 「君は相変わらずどろっとしたスープを選ぶ」と言う。前作のオープニングで彼女はオニオンベーグルを頬張りながら面接に向かった。つまり、彼女が食について自分らしくある姿勢は20年前から変わらないのだ。一方、かつてアンディにステーキを取り寄せさせ、挙げ句の果てに「会長と食事だから要らない」と切り捨てたミランダは、自分の職場にカフェテリアがあることすら知らなかった。そんな彼女が今回、自らカフェテリアに初めて赴き、コンサルチームによる提案を飲む。そして、ミランダと「食」の文脈では、ミランダが置かれた立場を象徴するために『最後の晩餐』が重要なアイテムとして使われているのも印象的だ。
また、ミランダへの屈折した感情を抱えながら、ランウェイの広告主ディオールの幹部になっていたエミリー。前作では 「気絶しそうになったら、チーズをひとかけら食べる」 と、この業界で生き残るためにダイエットに励む彼女だったが、ランウェイの買収に失敗した彼女には、変化が訪れる。「アンディと友達になりたい」と本心を吐露すると、ジャンキーそうな炭水化物をアンディと共につまむのだ。
前作のラストではカメラはアンディを追い続けたが、本作ではランウェイで働く人々=ランウェイそのもの映し出す。非常に象徴的な終わり方である。
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