otakuiyの映画拾い|映画レビューと雑記

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『箱の中の羊』感想~たまごっちやん~(ネタバレあり)

 是枝裕和監督新作『箱の中の羊』を観た。前評判がよろしくなかったこともあり、あまり期待値を上げずに臨んだのだが、低評価も頷けるような作品だった。

 まず、序盤、特にヒューマノイドの物語に本格的に入るまでは割と良かった。息子を亡くした夫婦のもとに、RE birthからヒューマノイドロボットについての案内が届く。この案内状に対する音々と健介のリアクションから、2人の関係性や息子の喪失への向き合い方の違いが垣間見える。音々が息子代わりとなるAIロボットを受け入れたいと思う一方で、健介はそれに乗り気ではなく、(後半で明らかになるが)本当の息子に未だ執着し続けているのだ。また、2人がRE birth社の説明会に行った際、カレーライス(?)の食べ方でひと悶着する場面は、息子を失って以降、彼らの関係性が必ずしも上手くいっていないことを示唆するもので良かった。

 と、ここまではそれなりに良かったものの、物語が本格的にAIについて描こうとし始めてから雲行きが怪しくなる。ラストでは超力業的にAIの自由意志的な話に持っていくが、強引すぎて心が離れてしまった。あまり、このテーマを真正面から描こうとしていないのか、何か理由があるのか分からないが、これなら人工知能という題材に手を出さずに、普通に疑似家族ものをやった方が良かったと思う。

 ちなみに、設定やあらすじから、スピルバーグの『A.I.』と比較されがちだが、ベクトルとしては色々と逆だと思う。『A.I.』がロボットの側から「愛されること」への渇望を描いた作品だとすれば、『箱の中の羊』は、人間の側が喪失を埋めるためにロボットを必要としてしまう話である。本作の大部分で描かれていることから考えれば、問われるべきなのはAIの自由意志よりも、死者の代替物を求めてしまう人間の倫理や未練だったはずだ。にもかかわらず、終盤で急にAIの主体性の話へ舵を切るため、作品の焦点がぼやけてしまっている。もちろん、序盤から猫のくだりや健介が自分のために「息子」を使っていたことがわかる展開等でそのテーマをチラつかせてはいるのだが、それが音々や健介の喪失の物語と十分に結びついているようには感じられなかった。

 本作での一番の収穫は、俳優としての大悟である。北野武と同様に、彼が演じる健介は大悟そのものではあるのだが、それが良かった。役に成りきるというより、本人の持つ照れや粗野さ、危うさが、そのまま健介の不器用さに接続されている。芸人らしいひょうきんさも兼ね備えた、自然体な存在感。特に彼が警官に誤認連行されるところは、シリアスな場面なのだけど、大悟が演じているからか、どこか滑稽な感じも出ている良シーン。また、ロボットに対する「"たまごっち"やん」というツッコミには笑った。