otaku8’s diary

映画のこととか

Netflix映画『アテナ』感想(ネタバレなし)


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 Netflix『アテナ』を観た。しれっと配信されているので本作の存在すら知らない人が多いのではという感じだが、これが中々の力作であった。

あらすじは以下

ひとりの少年が殺害された悲しい事件をきっかけに、激しい戦いの舞台と化したアテナ団地。その争いの渦中には、被害者である少年の兄たちがいた。(Netflixより)

 フランス団地映画といえばレジ・リ監督作『レ・ミゼラブル』(2019)が思いだされるが、実際に脚本にはレジ・リが関わっているようだ。確かに共通点は多い。警察(権力)vs 国民の構図であったり、炙り出される負の連鎖。

 本作でまず印象的なのは長回しを多用したアクション演出だ。特に冒頭シーンの臨場感は必見。長回し(風)といえば、没入感を出そうとしているのは分かるが、却ってカメラの存在が気になってしまい没入し辛いというケースが多々ある(個人的には『1917』も当てはまる)。その点、本作ではカメラの存在をあまり意識せずに観ることができたので良かった。

 そんなわけでアクション演出に凝った映画ではあるが、そのスペクタクル性によって、その裏返しとして同時に暴力による負の連鎖の虚しさも強調される。

 大変力作なのだが、気になるところもある。例えば圧巻の冒頭からテンションがあまり変わらないまま物語が進行するので、少々のっぺりとした印象を持ってしまった。また、何人かのキャラクターの扱いが勿体ないとも思った。

 ともあれNetflixでしれっと配信されるには惜しい作品なので、是非広く観られて欲しい映画である。

 

『スペンサー ダイアナの決意』感想(ネタバレなし)


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 『スペンサー ダイアナの決意』を試写会で観てきた。クリステン・スチュワートがダイアナを演じるということ以外情報を入れずに観たのだが、いい意味で期待を裏切られた。本作で描かれるのはダイアナがチャールズ皇太子と離婚する直前の三日間だ。この頃、ダイアナと皇太子の関係性は冷え切り、ロイヤルファミリーの生活にも馴染めずにいる。彼女の精神的負担も頂点にあった。映画はそんな彼女の精神状態を表現するように、全体的に不穏で閉塞感がすごい。

 主演のクリステン・スチュワート。クリステンが演じているのだから勿論めちゃくちゃカッコいいのだが、一方で本作のダイアナは序盤から弱々しく見える。ロイヤルファミリーは人々の「楽しみ」の対象でしかなく、皆それを理解し、自分の果たすべき役割を果たしているのだが、彼女はそれを受け入れられない。しかも王室生活では、外からはマスコミに監視され、内部でも彼女の言動は監視されている。そんな生活に抑圧され疲弊した彼女をクリステンが上手く演じていた。試写会で解説されていた英国王室ジャーナリストの方は、クリステンの顔自体はダイアナに似ていないが、その所作であったり全体的な雰囲気がそっくりだと仰っていた。確かに素人目から観てもちゃんとダイアナ妃に見えるから流石だ。

 音楽のジョニー・グリーンウッドは最近では『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を担当していて、今回もいい仕事をしていた。曲自体が不穏なものもあるのだが、それよりも音楽の使い方が印象的。画面で起きていることと音楽が少し合っておらず、その外しが不協和音的に閉塞感を醸し出していた。

 撮影は『燃ゆる女の肖像』が素晴らしかったクレア・マトン。全体の美術の出来と相まって今回も素晴らしかったが、特に中盤のとある展開とその撮影は『燃ゆる女の肖像』を強く想起させるものだった。その連想がノイズになる人もいるかもしれないものの、閉塞感の漂う本作のなかで、このシーンのとても美しさは際立っていたように思う。

 

【記録】MUBIで出会った良作10選#1

 MUBI(https://mubi.com)に加入してしばらく経つので、MUBIで出会った良作を定期的に記録しておこうと思う。第一回目。

 

『I Won’t Come Back』

MUBI: I Won't Come Back

 MUBIに加入してから最初に観た映画。孤児院出身の主人公が、ひょんなことから出会った同じく孤児である少女と共にカザフスタンを目指すロードムービー。淡々とした語りで派手さはないが、荒涼とした大地とその中で二人の人生が歩み寄っていく様子が美しく印象的だった。

 

『Nimic』

MUBI: Nimic

 ヨルゴス・ランティモスの短編で、マット・ディロン主演作品。10分弱で日常を侵食する不条理がよく描かれている。シュールで視覚・聴覚的に気味の悪さを与える作風はとてもランティモスらしく感じた。

 

『冬の旅』

MUBI: Vagabond

 自分がアニエス・ヴァルダにハマるきっかけになった作品。放浪する主人公モナは一見自由なのだが、社会に拒絶され続ける彼女には居場所がない。「自由かつ自由ではない女性」というのはバーバラ・ローデン『ワンダ』にも通じる。今度、2Kリマスター上映されるらしい。傑作かつ重要作品なので是非観てみて欲しい。

 

『Boro in the Box』

MUBI: Boro in the Box

 鬼才ベルトラン・マンディコが映画作家ヴァレリアン・ボロヴツィクの半生からインスピレーションを得て作った作品。マンディコはいつも奇妙な映画を撮っているイメージで、自分はあまりハマっていないのだが、本作はとても好みだった。


『The Happiest Girl in the World』

MUBI: The Happiest Girl in the World

 『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』のラドゥ・ジュデの長編デビュー作品。賞品を求めてCM撮影に来た少女。撮影では幸せそうな女性であることを強いられる。休憩中には両親からひたすらにお金の工面の話を強いられる。この二つの光景を繰り返し映しながら、「世界一幸せな少女」というタイトルとは裏腹に、資本主義のいやらしい姿を見せつけるような映画だった。

 

『愛の島ゴトー』

MUBI: Goto, Island of Love

 先ほど名前を挙げたヴァレリアン・ボロヴツィクの長編デビュー作品。独裁体制の孤島「ゴトー島」で独裁者の妻に惚れ、成り上がっていく男の話。平面的な構図が演劇性を生んでいて、閉塞感やシュールな感じをうまく出していた。時々垣間見えるフェティッシュな描写も良い。

 

MUBI: Mysterious Skin

 若きジョセフ・ゴードン=レヴィットが男娼を演じる。カリスマ性と脆さを兼ねた存在感が非常に素晴らしい。間接的に描写される性体験とそこから始まる物語が、ポップで暖かみのある語り口とは裏腹に、残酷かつ重くのし掛かっていた。

 

『雪崩』

MUBI: Faces of Children

 フランス古典映画の巨匠ジャック・フェデーの初期のサイレント映画。最愛の母を亡くした少年は、再婚した父のもとで暮らすことになるが、馴染めない。子供の描写の解像度が非常に高く、感情移入してしまった。美しいアルプス麓のショットの数々に見惚れる。全体の牧歌的な雰囲気と、速いカット割りにより緊張感高まる後半のコントラストが素晴らしい。

 

『ピショット』

MUBI: Pixote: The Law of the Weakest

 ウィリアム・ハート『蜘蛛女のキス』のヘクトール・バベンコ監督作品。ブラジルの貧困世界を生きる子供たちを描いた青春映画で、擬似家族映画ともいえる。本当に救いがないのはピショット役のフェルナンドのその後の人生。監督の優しい目線を感じる本作は束の間の希望にさえ感じた。

 

『地上の輝き』

MUBI: Earth Light

 遅れて再評価の波がきたらしいギィ・ジル監督作品。フランスで暮らす青年ピエールが故郷であるチュニジアに戻る旅を描く。『海辺の恋』『切られたパンに』『地上の輝き』と観てきたが、ギィ・ジル監督作品を映画では美しいショットとモンタージュが特徴的。特に後者は好みが分かれそうだが、自分は好き。

 

『NOPE/ノープ』感想(ネタバレあり)

 いまさらながら『NOPE/ノープ』を観た。鑑賞が遅れた理由は、評判によるとこの映画は「IMAX案件」らしいのだが、なかなか都合が合わなかったからだ。確かに、できればIMAXで観てほしい作品だった。もっといえば前の方の席が良いと思う。観るのが遅かったので、もう散々言われているだろうけど思うことを書いていく。

 「スピルバーグ映画的」だと事前にいわれていたが、『未知との遭遇』よりも『ジョーズ』で、根底には特に白人・男性至上主義の強かった西部劇というジャンルを持ち込んできたのが良かった。また、本作は「見る/見られる」関係をテーマにしている。あの飛行生命体は「観客」を象徴していて、地上の人間は「見世物」として文字通り「消費」されている。映画は元々見世物としての側面が強かった。記憶違いだったら申し訳ないが、飛行体の内部から覗くようにしてエドワード・マイブリッジの黒人騎手の映像が写されるシーンがあったように思う。あれはまさに、映画の原型ともいえる「覗き箱」を覗いているような表現だ。見世物として消費されるだけで実際は歴史から虐げられてきた存在を表象する主人公兄妹が、逆にこちらを「見る」ことによってその歴史に対抗していく話だった。また、地上の人間たちのあいだにも「見る/見られる」関係性が表現されている。特にスティーブン・ユアン演じる元子役リッキーは主人公と対比される存在としてインパクトを残していた。子役時代に出演していた『ゴーディーズ・ホーム』でのチンパンジーのゴーディーによる惨劇を生き残ったリッキー。子役であるリッキーはゴーディーと共に見世物として消費される立場だ。リッキーたち俳優もまたゴーディーを消費しているともいえそうだが、大きな視点で見れば、両者はエンタメのなかで同等に見せ物とされている。ただ、その彼が机の下に隠れて惨劇を目にする場面では消費者としてのリッキーが明確化する。視野の制限された机の下から惨劇を観る行為は、まさに観客が映画(見せ物)を観ているのと同じような状況だ。映画ではそこに映っている事象だけを観ることができ、その外側については想像するしかない。カメラはリッキーと同じく机の下からのみ惨劇を映す。観客と同じように、彼も見えないところで無惨にやられる俳優たちを想像したのかもしれない。彼はその見せ物のなかに「直立する靴」を見つける。これが「最悪の奇跡」として、『2001年宇宙の旅』のモノリス的に、彼の記憶に残り、「見る側」へと移っていく(ように本人は思っているのかもしれないが、彼もまた飛行体のための見せ物だった)。本作にはもう一つの「見る」があって、かつて父がやっていた、ラストで主人公と妹がお互いに向ける「お前を見守っているぞ」という仕草。搾取としての「見る」が強調されてきたからこそ、そうではない「見る」に感動する。

 そんなわけで、「見る/見られる」「消費する/消費される」関係を軸に色々なメタファーが盛り込んでありよく出来ているのだが、個人的には少し推進力が弱い気もした。例えば、本作は「動物/人間」の映画でもあり、その側面が「視線の映画」「メディアの映画」としての鋭さを邪魔してしまっている感じもある。また、事前の予想では、飛行物体については謎のまま後半まで引っ張るのかと思っていたが、割とあっさりどんな存在か提示される。特に、リッキーのショーに飛行物体が現れる場面。見上げながら砂埃に飲まれていくリッキーでシークエンスが終わるのかと思いきや、食べられた人々が食道に押し込まれる様子が律儀に描かれる。飛行物体にどんな背景があるのかは分からないけれど、『ジョーズ』のサメが恐ろしい捕食者であることが分かるように、それが映画内でどんな存在であるのかがこの場面で明確になる。だからそれ以降は活劇的な見せ場やテーマ的な面白さはあるけれども、前半や他のジョーダン・ピール監督作品に感じるような不気味さや展開の読めなさは消え失せてしまった。

 結果的には期待値を越えなかったが、面白かった。噛めば噛むほど味わい深い作品だと思う。

 

PFFに行ってみた(『瀉血』『幽霊がいる家』ネタバレなし)

 フォロワーで友人の「シャンバラの雨」こと金子優太監督の初監督作品『瀉血』がPFFアワードで入選し,国立映画アーカイブで上映されるとのことで行ってみた.南香好監督作品『幽霊がいる家』との連続上映だった.

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 結論から書くと,両作品とも好き.『瀉血』はまずよく計算し尽くされていて,ちゃんと映像でストーリーを語っている.明暗が対比される地下道への分かれ道や互いにすれ違うモノレール,スイッチの点滅が印象的な自動販売機など,ロケーションとその使い方がとても巧かった.常日頃から身の回りに「映画的」な要素を見出そうとしているのかなと思った.また,普段から監督の話は聞いているので,彼の思想であったり好きな映画からの引用など,随所から拘りを感じられた.そうやって初監督作品でやりたいことがある程度ちゃんとできている(技術や予算の制約はあるが)ようで,それはとても良いことだと思う.金子監督をはじめ,役者の演技もみな良かった.棒読みでも大袈裟に芝居がかっているわけでもなく,とにかく自然体だった.

 『瀉血』は86分の長編だったが,『幽霊がいる家』は12分の短編.短い作品なのであまり内容には触れないようにするが,『瀉血』と『幽霊がいる家』は作風は全然違うのだが,「映画という創作・メディア」の特性に着目しているという共通項がある.前者が現実に対する創作の力を強調していたのに対し,後者では現実と創作のあいだに調和のようなものが見出されていく.これが非常に心地よく,もっと観ていたいと感じさせてくれる.南監督は好きな監督にギョーム・ブラックを挙げていた.この心地良さは確かに,例えばブラックの『女っ気なし』と似ているかもしれない?(アプローチは違うけど).

 二作品ともおすすめなので是非観てみてほしい.U-NEXTでも配信中.